2013年3月11日 更新

[時事ネタ] フィリピン人武装集団がマレーシアを不法上陸。何でこうなったの?

久しぶりに時事ネタです。

今フィリピンとお隣の国であるマレーシアとで、フィリピンのイスラム系武装集団がマレーシア・ボルネオ島のサバ州に不法上陸して、現地の治安部隊とフィリピンの武装集団の睨み合いが起きています。

何でこのような問題が起きているかというと、15世紀にかつてボルネオ島を支配していたスールー王国の末裔(まつえい)が現在マレーシアの領地となっているボルネオ島を取り戻そうとするため、このような行動に移ったわけです。

他のサイトでは詳しく説明されていない部分があったので、エキサイトセブではこの問題のことに関してもっと詳しく紹介していこうと思います。



フィリピンは元々、カトリック教が強い国ですが、セブ島より下の方にあるミンダナオ島ではイスラム教が今現在でも強い地域になっています

なぜ、ミンデナオ島ではセブやマニラと違ってカトリックよりもイスラム教の方が強いかというと、15世紀のフィリピンではスペイン人がフィリピンを植民地にする前にミンダナオ島付近のスールー諸島や今現在マレーシアの領地になっているボルネオ島を支配していたスールー王国というのがありました。

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スールー王国は非常に権力の大きいイスラム教国でスペインの植民地時代では、どんなにスペインがスールー王国に侵略、改宗しようとしても思う通りにいかなかったのですが、アメリカがフィリピンに侵略してきた米比戦争でアメリカが戦争に勝利したことで、スールー王国はフィリピンの一部としてアメリカの植民地となりました。

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こうしてスールー王国は20世紀になくなったのですが、今回起きた問題では2月中旬にスールー王国軍と名乗るイスラム系の武装勢力がマレーシアのボルネオ島のサバ州に不法上陸、そして現地の人達を人質に取るなどをして、旧スールー王国の承認サバ州などの領土の返還を求めるべく、このような武力行使を行ったとされます。

既にマレーシアの領土として知られているサバ州ですが、なぜこのようになったかというと、1946年に遡ります。

ボルネオ島の北部がマレーシアを支配していたイギリスのものとなり、それがマレーシア連邦の成立により、連邦の1つの州となり、フィリピンと分割されてしまった事でした。

更に遡ること1883年、当時のイギリス外務大臣であったグランヴィル卿が出した書簡ではイギリスは北ボルネオを購入ではなく賃貸の形で、北ボルネオに関してはスールー王国が主権を持つとされていました。

その後、マレーシアやインドネシアが成立されると、スールー王国の権力者(スルタン)の末裔は「北ボルネオはスールー王国に変換されるべきだ」と主張し、フィリピン政府もこの見解を取り、マレーシア政府との領土問題が起きました。

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領土問題に関しては、フィリピン政府はしばらく棚上げにしていたため、特にこれと言った動きはしばらくなかったのですが、今回2月に起きた問題はスールー王国の末裔であると主張している400人の人達がスールー王国軍と名乗り、北ボルネオであるマレーシアのサバ州を不法上陸したというわけです。

マレーシア政府はスールー王国の権力者の末裔に毎年5300リンギット(約16万円)を租借料として支払っていますが、その租借料の値上げも含めての抗議も1つの理由とされています。

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2月中旬に起きた問題ですが、マレーシアの治安部隊との睨み合いが続き、3月7日までには合計60人の負傷者が出ているようです。

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スールー王国の権力者の末裔でこの軍の指導者と言われているジャマルル・キラム3世は7日に停戦を宣言し、マレーシア側にも応じるように呼びかけていますが、マレーシア政府はこの要求を拒否。マレーシアのナジブ首相は無条件降伏だけを受け入れて徹底的に掃討する構えを見せています。

これに対し、フィリピンのアキノ大統領の報道官は遺憾の意を示しました。

5日で行われた攻撃で、地元住民は数回の爆発音を聞いた他、戦闘機が沿岸地域上空を旋回していて、今もなお、両グループの緊張が走ります。

以前、エキサイトセブではフイリピンと中国の領海問題を紹介して来ましたが、今回は更に大きな問題になりましたね。

セブはミンダナオ島と違って観光地としても有名で安全なので大丈夫ですが、早くこの問題が解決出来ればなぁと思います。

 

(MIKIO)
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