2013年2月26日 更新

[インタビュー]ミスセブ2013年の優勝者のニーシャさんの苦悩と栄光のストーリーとは?

毎年1月ではセブで一番美しい女性を競い合うMiss Cebu(ミスセブ)というイベントが行われます。

18歳から20歳までの女性たちが審査のもと予選を追加して選ばれた一人の女性がその年のセブの顔に選ばれる美人コンテストです。

今年のミスセブも1月に行われ、インド人とフィリピン人のハーフであるNamarta Neesha Murjani(ニーシャ)さんが優勝しました。

こうして2013年のミスセブに選ばれたニーシャさんですが、ミスセブの小さい頃や、ミスセブに参加するまで数多くの苦悩があったようでした。

その数多くのハードルを乗り越えてきてミスセブに選ばれたニーシャさんに話を伺う機会があったので、インタビューをしてみましたよ!



今回のミスセブ2013年では多くの人達がまさかニーシャさんが優勝するとは思ってもみませんでした。

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なぜなら、最終審査を通りくぐってきた他の参加者達はどれも偏りのない美しくて賢い女性たちが揃っていたため、Facebookなどでは今年の優勝はが誰になるか色んな推測がされていました。

そんなミスセブ最終審査ではニーシャさんが優勝し、その夜は彼女にとって人生を大きく変える夜となったのでした。

Neesha Murjani(ニーシャ・ムルジャニ)さんはインド人とフィリピン人ハーフの20歳の女性です

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彼女は小さい頃からビューティー・クイーンになりたいと夢を持っていました。その夢が大きかったことから、彼女のお母さんまで"Ms.U"(ミス・ユニバースの略)とのニックネームをあげるほどでした。

しかしながら、インド人ハーフと言うことで彼女は冷たいいじめを受けきていました。「彼女はいつかビューティー・クイーンになりたい」と夢を持っていても、このようないじめ受けてきたために少しずつその夢が閉ざされてくるようになりました。

でもやはり叶いたい夢、彼女は何を言われようとも、ビューティー・クイーンになる夢を諦めることはありませんでした。

そんな彼女に初めてのチャンスが訪れます。それはマンダウエ地区で行われるミス・マンダウエ(Miss Mandaue)での参加。彼女はイブニング・ガウンでの入選することが出来たのですが、問答審査(Q&A)で上手く質問に答える事ができなかった失敗を犯してしました

ギャラリーからはからかわれ、馬鹿にされてしまいました。彼女はその影響で絶対美人コンテストには参加しないと考えたほどだったそうです。

でも、彼女は何もかも一心しようとし、ミスセブへ参加しようと思ったのです。そして彼女はミスセブ2013年の優勝となり、笑い者のにされていた彼女は一転してセブで美しい女性に変わったのです

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そんなシンデレラ・ストーリーを持っているニーシャさんですが、どんな苦悩があったのか、ミスセブの夜の後どうなったのか、話を伺うことにしました!

 

記者: 前回のインタビューで小さい頃はボーイッシュの性格を持っていると言ってましたが、今ミスセブとなってどう変わりましたか?


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ニーシャさん:

 

私は今回のミスセブの後、ものすごく女性ぽくなったと思います。これは私にとっても大きな変化で、普段はただルーズなシャツと短パンを着てただけなのに、今となってはちゃんとドレスアップして、ヒールを履いたり化粧をする必要になったからです。

 

記者: ミスセブでニーシャさんが優勝すると自分自身で思っていましたか?


ニーシャさん:

まさかトップ5に選ばれるとも思ってみなかったわ。私はただ神様に問答審査に通過出来るようにと祈っていました。特にこれは私の苦手な審査だったから。

私がミス・マンダウエに参加した時、この審査で上手く答えることが出来なかったため、予選落ちになってしまいました。だからミスセブの問答審査では観客に正しい答えを答えられる様にと、常に自分自身と戦っていました。最初の質問を答えた後、私はトップ5に入らないだろうと思っていました。

トップ5に入らなくても、イブニング・ガウンの部門で優勝できればなと思っていただけでしたが、私がトップ5に入選したと聞いた時、ただ嬉しくなり後の事は考えずやっていこうと思いました。

 

記者: ニーシャさんは問答審査の時に常に落ち着いてたと思うのですが、何か準備でもしたのですか?


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ニーシャさん:

はい。自分自身でうまく答えることが出来ているのか、ビデオでチェックしたり、お母さんが審査員をしてくれて練習したり、友人や家族などがこの練習に付き合ってくれました。

私は多くの人達が私を信じてくれる人が居るということを感じることが出来ました。多くの人達が信じてくれたからこそ、ちゃんと答えられるように頑張ろうと思ったのです。

実は私、学校などのクラスでは非常におしゃべりなのですが、このようなコンテストになると全てが真っ白になってしまうのです。ミス・マンダウエで経験した失敗をしたことで、同じような失敗にならない様にと、今回は多くの準備をして来ました。真剣に取り組むと同時に、自分への挑戦だと思いました。

 

記者: ミスセブになってからどのようにして、生活を調整していますか?


ニーシャさん:
タイムマネージメントに関して多く学んでいるわ。もう大学3年生(生物学科)なので学校でのタスクを行う傍ら、ミスセブの仕事も全て行う必要があるからね。

 

記者:ミスセブになったことで求婚者が出ましたか?


ニーシャさん:

そうでもないわ。ミスセブになった女性はそう簡単に手が届かないと思いがちですが、私の場合CDU(セブ・ドクターズ大学)のに居るとき、シンプルで素朴な生徒です

他の学生からも私がストリートフードなんか食べている所を見られると、「ミスセブがここで何やってるだ!」とからかってきます。

 

記者:この後、他のミス・コンテストに参加する予定はありますか?


ニーシャさん:

今のところ、来年行われるビニビニング・フィリピーナス(Binibining Pilipinas)に参加したいと思っているけど、まだわからないわ。今言えることはただそれだけです。

 

記者: ビューティー・クイーンになるという夢を持つということはどう思いますか?


ニーシャさん:

私が小さい頃は家政婦さんと一緒に無邪気にポーズを取るという事が好きでした。ハイスクールの時は挑戦の日々でいつも見た目でからかわれたり、写真に写ったら全てが台無しになると思っていたので、写真には写らず、いつもフォトグラファーをしていました。

卒業アルバム用に将来の夢を聞かれた時「ミス・ユニバースになりたい」と答えました。彼らは「本当にそれがあなたの夢なの?」と私に聞き返しました。何故かというと私の見た目はその夢に合わないと思ったからでしょう

私はこのような質問をされた時、いつもジョークとして通していました。どんなにこのような夢を持っていたとしても、私の友達は「君に出来るわけがない」と言ってたからです。

でもモデル業界に踏み入れた時、私にも出来るのではないか?と思ったのです。

 

記者: ビューティー・クイーンになりたいと思う若い女の子たちへメッセージはありますか?


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ニーシャさん:

どんなに周りがあなたのゴールや夢を止めようとしても、「出来る」と思い続ければどんなハードルが行く途中あったって成功することでしょう。何事にも諦めないのと、自分自身を信じ続けていれば成功するものです。

 

彼女のストーリーを聞いているとまるで童話の「みにくいアヒルの子」に見えてきます。童話のように自分を信じ続けて数多くある試練や苦悩を乗り越えていけばニーシャさんのようにみにくいアヒルの子から美しい白鳥へと変わっていくものです。

彼女の活躍はセブで行われる数多くのイベントで見かけることが出来ます。今後の活躍も気になるので、もし彼女を見かけたら応援してあげてくださいね!

 

( Shaira Berame / 訳: MIKIO )

[ Zerothreetwo | Namrata Neesha Murjani: Her Swan Story ]
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