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(寄稿) フィリピンでのボランティア活動と学んだこと

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セブ島には観光や留学でやってくる方々がほとんどだと思いますが、ボランティアもその一つですよね。

エキサイトセブでも色々なバックグラウンドを持つライター達がセブ島やフィリピンの色んな一面を紹介してきており、2012年から2013年までライターをしてくれたひろ氏(本名:Tomohiro)も元々ボランティアでセブ島にやってきてそのまま現地の旅行会社に就職していました。

今はニュージランドの留学を経て日本に戻ってきており、個人のマガジンサイトである「地球のあそびかた。」を毎日更新しています。その中で初めてボランティアとしてセブ島にやってきた時の経験談があり面白い内容なので、寄稿という形で紹介したいと思います。



みなさん、こんにちは!TOMOHIRO(@hiro_furu000846)です!

今までのブログではお話ししていませんでしたが、ここらで僕がフィリピンで一体何をしていたかについてお話ししていこうと思います。

僕がフィリピンでしていたこと、それはボランティア活動でした。高校時代お世話になった先生が参加しているボランティア団体です。

アライカパ友の会

僕が参加していた団体はアライカパ友の会といって、千葉県船橋市にあるボランティア団体でした。ここのスタディーツアーでフィリピンの現地視察に訪れた際に、実際のフィリピンの魅力に取り憑かれました。

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そしてそれから半年後に実際にフィリピンの現地へと、日本からのスタッフとして派遣される形となりました。現地の団体はアライカパ(Alay Kapwa)という名前の団体です。

アライカパ友の会は、現地の団体のフェローシップとして日本から支援している団体になります。毎年、現地幼稚園の給食プログラムや奨学金制度など、物質と金銭面の両方から支援しています。

Alay Kapwa

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現地の団体の正式名称は「Alay Kapwa Educational Foundation」という名前が付いています。

もともとはキリスト教のシスターが設立したNGOであり、団体に加入している家族に対して、様々な支援をいるキリスト教団体になります。その支援の中には、貧困街に住む母親の仕事の創出、子供の学費支援、物質支援などその活動は多岐に渡っているんです。

Play Kapwaはセブとマニラに構えており、それぞれ別に活動しているようです。僕はその中でも、より田舎っぽいセブに行くことに決めました。2012年の春でした。

大学休学とボランティア

フィリピンに行く際に準備した事といえば「大学の休学」でした。

千葉県の高校を卒業した後に明治学院大学に進学した僕は、バイトばっかりの日々を過ごしていました。とくに熱中する事もなく、バイトでお金を稼ぐ事ばかり考えていました。

カナダでの語学留学を境にもっと英語を勉強しておきたくなった僕は、フィリピンでも英語が学べる事に気づいたのです。そこからボランティアという道に進むようになり、バイト三昧の今までとは違う生活を送る事になりました。

正直言っておきます。

大学は休学しておいたほうがいい。一年くらいは世界を見たりして、日本から出てみる事をオススメします。知見が広くなり今までとは全く違った価値観を持つ事ができるでしょう。

そんなこんなで気付けばセブに行く事になりました。

セブでのボランティア活動

セブでのボランティア活動は「大変」の一言でした。

そもそもキリスト教徒でもない僕が聖書だの何だの、っていうのに耐えるのが大変だったのです。とくに聖書の勉強、というのが21歳の僕にはきつかったですね。

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その頃の「宗教」とか「聖書」とかいうものは、見知らぬ怖いものという印象でした。宗教というものに対して懸念を抱いていたからだと思います。当時の僕にとってはかなりキツかったです。

「なんで聖書なんて勉強せにゃあかんのだ!!」と、そりゃもう、プンプンでしたよね。それでも、色々と重ねるうちにいろんな事が分かってきました。

宗教の事

宗教ってとても難しくてデリケートなんですよ。

とくにフィリピンという国は世界一のキリスト教国なので、宗教心が非常に強いんです。だから、何かにつけては神が〜、イエスが〜と。一般の日本人には受け入れがたい状況でした。とくに若者には厳しい状況でしたね。

でも、そこで生活するにつれて気づいたんですよね。

宗教というものは人の心の拠り所だという事に。フィリピンは日本よりも遥かに貧困率が高く、1日2ドル程度で暮らしている人がたくさんいる国です。想像できますか?

将来の貯蓄どころか、明日の食費や子供の交通費をどうやって捻出するかについて苦悩が絶えないんです。だから宗教(主にキリスト教ですが)に心を支えてもらっているんです。これに気づいてから、宗教に対する見方が変わりました。

現地の事

日本にいると見えないものが見えてくるようになりました。

現地の生活の事、現地の人々の事。僕はアライカパの人と一緒に貧困街に住んでいました。フィリピンでも生活水準が低い場所です。そこでは本当に1日の食べる分にすら困っている人々がいたんです。

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現地の人と一緒に生活する事で、珍しい体験をする事ができました。タライで洗濯をする、バケツと桶で風呂に入るなど。日本では絶対に体験する事のできない経験です。そしてそれらは、僕の一生の糧となりました。

教科書でしか見た事のない「貧困」を直に体験してきたのです。それでも、苦しい状況の中でもフィリピン人は笑顔で生活しています。

まとめ

当時のフィリピンはまだ貧困層から抜け出せず、各地域のインフラ整備もままならない状況でした。

その場所に行ってみて、いろんな人と生活を共にして、宗教を考えて。当時の21歳の僕には経験するにもし尽くせないほどの体験をしました。そしてそこで体験してきた事は今の僕の血となり肉となっています。

そんな海外での体験が今の僕を作り上げたのです。

(Source: フィリピンでのボランティア活動と学んだこと)

寄稿者:TOMOHIRO

ひろ氏はエキサイトセブと同じように自身のマガジンサイトである「地球のあそびかた。」で毎日海外旅行、留学またランダムな投稿を行っています。なかなか面白いサイトだと思うので、ぜひチェックしてみてはいかがですか?

 

(MIKIO)


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mikio

ライターについて:

マクタン島にある映像専門学校を卒業後、セブ島が好きになりそのまま滞在。既に7年目になります。セブシティにあるDreamLine Productionsという制作会社でチーフクリエイティブ・オフィサーを本業としていますが、エキサイトセブではセブシティやローカルライフを中心とした記事を書いています。